(この記事は古い情報です。「WordPressでのLightbox 2とLazy Loadの共存 まとめとその後」に改訂版を載せてあります。)
追記:WordPress Ver.2.9.2の場合と3.0の場合について書かれています。
修正箇所が異なりますのでご注意を。
Lightbox 2プラグインはほぼ開設時から、jQueryも私のWordPressにはデフォルトで
組み込まれていたと思います。
その後jQueryを使ったLazy Loadプラグイン(画面スクロールイン時に画像を読み込む)を
インストールしたのですが、Lazy Loadは動作するのだけど、Lightbox 2が動作しなくなって・・・。
どうもコンフリクトを起こしているようです。
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結局、数ヶ月前に極端に重くなって以来改善されず。
最近も数週間の間に2回サーバ入れ換えをしたり。
さっきDBサーバが全く使い物にならなくなったので、意を決してDBサーバ移転をしました。
DBデータのバックアップは作っておいた自動処理スクリプトを毎朝実行していたので
たびたび起こっていた過負荷にもそれほど顔を青ざめてませんでしたw
でもしまいにはこのブログや派生元の総合サイトまで「DBエラー」と表示されるようになり、
色んな面でやや不安ではありました。
接続の余裕が出たらすかさずDBバックアップして、サイトをクローズして、DB削除。
開設したばかりの新ブログ(ここ)のメインテナンスページを早くも出すことに。嗚呼・・・。
でも、システムの知識があって良かった。
手早くDBデータを移行し、サイトオープン。
不具合は無いみたい。
やー、アクセスから表示までのスピードが格段に速くなった♪
特に派生元サイトが顕著かも。
トップページ開くだけで20秒近くかかってたのが、今は2〜3秒だからw
こうやって乗り換えることを想定して、サーバ会社はDB設定・削除を自由に行えるようにしているのでしょうか。
DBサーバ自体サポート外とは言え、重要ですよね。
私はそういう仕事に就いてきたから良いけど、アプリケーションユーザレベルだったらどうなる事やら。
サーバレンタルする時点でそういう知識は持てということ? うーん、ハードルが高い・・・。
えー・・・。


・・・菖蒲です・・・。
花菖蒲ですよね、多分w
近くの公園で撮ってきました。
人がいっぱいいました。
でも時期を過ぎたらしく、全体的に“花盛り”って感じではなかったです(汗)。
富士山にQの字のバッジ付けてたバスガイドさんが立ってて、
「山梨から来たんですけど今年はどうですか?」って聞かれたのですが、
例年はすごいんですけど今年てか今日は・・・みたいなことを伝えたら残念がってました。
「また来年リベンジします!」って張り切ってましたけどね。
来年の前に今日の観光客のフォローを頑張って下さいw
てかその他にも観光バスが何台かいたんだけど、ここってそんなに有名なの?
→袖ヶ浦公園
まぁこの投稿の一番大きな理由は、Lightbox 2がちゃんと動作してくれるかどうかを
確かめたかったからですがw
前のブログでは手動で導入してましたが、最新版のWordPressではプラグインで
配布されているのがありがたい♪
・・・ドクターストップがかかって最低3ヶ月は療養を指示されました。
さて、これから何しようかな。
取り敢えず次の仕事探すか←
(「仕事は考えるなっつってんだろタコが!」by 医者)
「ますけんぷの寝言」へようこそ!
「おやすみかん」時代からご存じの方、引き続きお世話になります。
管理人のますけんぷです。
まだブログを含む総合サイトを始めて1年とちょっとですが、どうにもこうにも
サイトが重い! テラ重い!
DBサーバそのものが重いのは前から知ってたのですが、それよりもDBサーバに
データを問い合わせる回数が多すぎ!
しかもプログラムが古いから、色々ガタが出てきてて・・・。
あちこち修正してました。
なので、ブログに特化したサイトとして寝言ブログを引き継ぐことにしました。
(まぁ同じアカウントのレンタルサーバなので、使ってるサーバは同じですが)
とは言え、今回も裏側を結構いじりました。
重い変更はあまり無かったのですが、まぁ私の拘りが強すぎるあまりあちこち
いじることに。
このデザインは色も含めて気に入ってるのですが、そこについてはデフォと
ほとんど変わってません。
でも裏側いじっているうちにスタイルがどんどん崩れていって、それを
維持するのが精一杯・・・てか、デザインのセンス無いし(汗)。
まぁ、そこそこ満足で、納得いってます。
またこれから感じたものとか色々ぶちまけたいと思いますので(汗)、
どうか生温かい目で見てやって下さい。
どうぞ宜しくお願いします!
何か、そう言わずにはいられませんでした。
「小惑星探査機『はやぶさ』 無事帰還」
予定よりも3年多くかかり、エンジンは4基中3基の故障にも工夫を重ね
そのうち2基を組み合わせて推進力を確保するなど、技術力云々というよりも
それぞれの関係者たちの「絶対帰還させてやる」という熱い執念を感じました。
満身創痍の探査機は、無事地上への帰還を果たしたわけです。
ここが綺麗に写ってるかも。
ttp://www.yomiuri.co.jp/science/news/20100613-OYT1T00818.htm?from=top(記事は削除されました)
私がはやぶさに関心を示し始めた時にはもうほとんど旅の終わりに差しかかってましたが、
最後はPCの前にずっと張り付いて、しまいにはTwitterの「みんな、ただいま!!」の
言葉に呼応してしまうというオタク気質を発揮してしまいましたw
でも何か毎日見ても面白くないニュースが続く中で、久しぶりに私が世間から感じた、
感動的な話でした。
最後に見せた眩い光彩は、一生の輝き方を教えてくれているようでした。
傷だらけながらも帰還したはやぶさの華やかなフィナーレ、きっと多くの人たちの記憶に
留まることでしょう。
追記:はやぶさが最後の力を振り絞って撮った地球の写真
ttp://www.yomiuri.co.jp/science/news/20100614-OYT1T00140.htm?from=top(記事は削除されました)
切なくてホントに泣けてきます・・・。
・・・遅れてしまった。
F1ファンなら、タイトルを見て大体内容に察しが付くでしょう。
「1994年5月1日、あなたは何をやっていたか」との問いに、30代以上のF1ファンをはじめとする多くの人が、「ああ、あの日のことは良く覚えているよ」と答えると思います。
F1ドライバーのアイルトン・セナが、この世を去った日です。
私はあの年以降、急激にF1に対する興味が薄れていったのを覚えています。
いくらF1ファン歴が長いと言っても、95年あたりから約10年間にわたり、F1に関してあまり多くのことを知りませんでした。
しかし、当時セナと最後まで戦っていたシューマッハに人間的な魅力を感じ始めた頃、再びF1への興味を取り戻しました。
1994年のF1は異常なものでした。
この年からハイテク装備が禁止されるようになったのですが、このままではウィリアムズが3連覇をしてしまいファンからの興味が薄れることを危惧したFIAは、当時チーム2位だったベネトンに対し、レギュレーション的にやや甘くすることを秘密裏に伝え、禁止されていたトラクションコントロールやローンチコントロールのテストを開幕前からしていました。
セナは第2戦パシフィックGP(岡山)でそれを見抜き指摘したのですが、その次のサンマリノGPでセナが死亡し、世の中の関心が彼の死因に集中する中、水面下でFIAがベネトンに対しシステムの取り外し、更に違反した罪を認めることを指示したことで、シーズン中盤のベネトンに対する不可解な裁定に対しチームが異議を申し立てなかったことに繋がり、騒ぎ立てられることはありませんでした。
またセナの最期の日、彼は異常な精神状態にあったそうです。
その原因の一つはその年のマシン、ウィリアムズFW16が非常に神経質だったこと。
前年まではデザイナー、エイドリアン・ニューウェイの手掛けたマシンデザインとハイテク装備のアクティブサスペンションが奏功して、非常に優れた空力セッティングをもたらしました。
しかしニューウェイは元々空力的に突き詰めた設計をおこなっていたため、僅かな姿勢変化に対し非常にナーバスなマシン挙動が現れるものでした。
前年までは優れたサスペンションにより相殺されていた神経質な面が、この年になって現れる結果となりました。
更にセナは以前からステアリング径に不満があり、もっと大きなものを要求していました。
それによりステアリングの位置は低くされ、またそれによるステアリングロッドの足への干渉を防ぐため、部分的にロッド径の細いものを溶接で繋ぐことになりました。
事故の根本的な原因はこの溶接が不十分だったためと言われています。
また、プライベートも影響したと言えるでしょう。
当時セナが付き合っていたアドリアーナ・ガリストウ(現表記:アドリアーネ・ガリステウ)とは将来についても考えていた関係でした。
しかし、彼女は元彼のためにセナから金を受け取ったのですが、彼女はセナにその用途を隠していました。
その事は家族やかつてのチームメイトのゲルハルト・ベルガーにも不信感と共に知れることとなり、セナは近く彼女と別れることをベルガーに打ち明けていました。
実際彼の葬儀では、家族は元恋人のシューシャとは一緒に行動していたのに対し、アドリアーナには一切接触を持たなかったそうです。
そして、あのグランプリウィークでの様々な出来事・・・。
あれから16年。
当時セナとトップ争いをしていたシューマッハは、一旦引退を経て今年復帰しました。
ニューウェイがデザインしたマシンは、時折神経質な面を見せながらもドライバーによって最速タイムを叩き出しています。
F1は大きく変化しました。
しかし、あの時のセナの記憶は変わることはなく、一生消えることはないでしょう。
セナが魅せた強者に対する強い闘争心、勝利への飽くなき執着心、そしてバイザー越しに見える孤高の眼差し・・・。
ファンを大事にし、チームの期待以上の結果を出す、最高のドライバー。
彼の記録以上に、人間味溢れる彼の面影は、いつまでも私の記憶の中で生き続けることでしょう。
最後に、私がかつてセナ展で聞いた彼の言葉を記しておきたいと思います。
「今みんながすべき事。それは、努力する事。
努力によってたくさんの辛さや困難を経験するかも知れない。
でも、それを経験するからこそ、成功というものがあるんだ。
僕はどんなに辛い時も耐えて、そしてとうとう頂点に立つ事が出来た。
だからみんなも、困難を乗り越えて努力をすれば、必ず報われるんだよ。」
やー、半年ロクに鍛えてなかった体にはきつかったですねー。
握力が未だに復活してません(汗)。
千葉市中央区にある、「ハーバーサーキット」に行ってきました。
室内のサーキット場です。
しかも立体交差あり!
コース建設時から気になってました。
シャシーはソディーカートというフランスのメーカーのものに、GX270というエンジンを載せます。
最寄り駅の本千葉駅から1kmかぁ。今の私ならたどり着くまでに力尽きるかもね(笑)。
ちなみに今日は車です。メンバーは、いつもの3人(私、姉、甥っ子)。
ただ、今日は寝不足で、全然体のコンディションが作れてない。
おまけに偏った食事したから、何か目的地についても気分悪かったり、お腹痛かったり・・・。
カートを真剣なスポーツとして捉えている人間としてはダメダメでした。
とにかく登録して、講習ビデオを視聴。
ヘルメットと手袋を装着して、準備完了。
下調べでは、カート経験者が初めて走ったら27秒くらいで周回出来るとのこと。
なので、まずは26秒台をターゲットにしようという身の程知らずな目標を立てました。
お、アスファルトじゃないので結構滑る!
すげー、立体交差の頂上でカート自体がジャンプする!!!
ニュルブルクリンクかここは!
んー、でもうまく遠心力に身を任せて体重を外側に乗せられない。
恐くて1コーナーを全開で抜けられない(汗)。
ヘアピンでリアを思い通りに制御出来ない。
・・・あー、私ってカートあまり上手くないんだな・・・。
でも、何とかさっきの目標はクリアしました。
7分間で15周して、ベストラップが25秒823。
ちなみにコースレコードは22秒950、毎日23秒台前半は出るようです。
それを加味すると、まだまだです。
でも、24秒あたりならシミュレーション出来ます。
ただし、自分の頭に描いたようなマシンコントロールが出来たら、ですが。
で、2回目。
何かさっきのアタックでかなり疲れてる。
しかもさっきより雑になってる。
記録したベストラップは26秒476。遅くなってる・・・。
でも、何で思うように走れなかったのかは、何となく分かりました。
未だカートに対する恐怖感が払拭出来てないこと、それから体調を整えられなかったこと。
これをクリアしただけでも1秒くらい違うと思います。
反省して、また挑戦します。
・・・後部座席でグッタリしたまま帰途についたのは言うまでもありません・・・。
ハードウェア障害だそうだ。
バックアップを取っておかねば。
下の記事、書いた記憶が全くない・・・。
僅か〜な記憶で、「ウッ伏せて」の変換が上手く行かないなぁ、と思ったのがあるけど・・・。
でも能動的な記憶が全然無い。
(ブログ見て初めてそれを思い出したくらいだし)
マジで誰かにクラッキングされて勝手に書き込まれたのかと思った。
おまけにDBが猛烈に重い。
1分経っても応答がないことが頻繁にある。
お陰でブログ村のアカウントが削除されちゃったよ・・・。
アカウント削除の確認をしたメールを読んだ記憶もない。
(メーラーは既読の扱いになってた)
アモバン飲んでからが顕著に現れてる。
1ヶ月前くらいまではこんな事無かったのに・・・。
今度こそ、もうダメだ。
更新しないとな。
床にウッ伏せてから1ヶ月近く経つし。・・・動く気配なし・・・
飯は旨いんだが。